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2005年6月27日(月)

土曜日、T画伯の元同僚Y氏からのお誘いで「キャンプの夕べ」に参加させてもらった。
去年の宮島バーベキューでも大活躍だった彼。心からキャンプが大好きで、こうやってキャンプ素人の画伯やわたしを熱心に誘ってくれ、もてなしてくれるのだ。
この日の野営地は広島県の奥地、帝釈峡近くのスコラ高原というところ。夕暮れには肌寒くなるほどだけど、長袖の備えがあったのでゆっくりと暮れてゆく空を飽きることなく眺めてきた。あー、リフレッシュ!

傍らではY氏のキャンプ仲間が本物のダッチオーブンで、でか〜い豚ばら肉を豪快に煮込んでいる。その博士っぽく見える風貌は、遠目にはまるで化学の実験でもしているようだ(笑)。もうひとりの青年は炭をおこすのに専念している。炭火で焼く「焼きマシュマロ」はとろける食感と甘さがたまらなくて、大の大人が顔をほころばせる味!
そんな中、T画伯とわたしは次々登場するキャンプグッズに驚いてばかり。
その上Y氏はドイツマニアで、チタンマニアだった!世の中、ゴルフのヘッドだけがチタンじゃないのだーー。チタンの箸、お玉、ミニコンロなどなど次々出てくるチタングッズ。そうこうしているうちに日もとっぷり暮れて、ランタンの明かりが映える頃。

ちょっと出来栄えを心配していたメイン料理担当の彼も、切り分けた豚肉を一切れ味見してホッと安心そうな顔。そしてY氏が数時間前に仕込んでおいたチーズやハムの燻製もいい感じに出来上がっていた。
豪快な料理を豪快に盛り付けて、大満足のキャンプご飯。森林浴の中、憧れのキャンプを味わうことが出来てホントに幸せ〜。

帰りにはすいか一玉をお土産に持たせてくれた。食材を買出ししたスーパーの福引で当たったらしい。ホントは現地で食べる予定が、皆満腹で入らないかった、予定外だけどなんてラッキーなわたし(笑)。

2005年6月24日(金)

会社のチーム飲み会の二次会で久しぶりにボウリングをした。
若かりし頃は13号、14号、たま〜に15号の球を投げていたわたしも昨日は可愛く12号をチョイス♪
(T画伯曰く、「可愛いというのは8号くらいのことを言う」)
わざと重い球で投げるのは、その方が手がぶれないような気がするから…。まぁ実際にはそれを投げるだけのたくましさはあるってことだけど(笑)。
2ゲーム投げても腕は平気だったけど、筋肉痛がいつやってくるかが問題だなぁ。
スコアは117と137。かなり調子良かった方です。

2005年6月23日(木)

この頃、坂本さんが可笑しい。
スーパーの半透明ビニール袋に頭を突っ込んで、部屋の中を徘徊するのだ。前がよく見えないから手を恐る恐る伸ばして、少しずつ進んで行く。部屋の端っこの方まで行ってまた戻ってくる…。袋を脱ぎたいのかと思って手を貸して脱がせてやっても、しばらくしたらまた被って徘徊している。
坂本さんは絶対にこれを楽しんでるに違いない。9は冷ややかな目で一部始終を見つめている。

2005年6月20日(月)

土曜日、福岡で開かれた前世療法の一日ワークショップに参加してきた。この前世療法って、今の日本ではどのくらい浸透している言葉なんだろう…。ワイス博士の本なんかは結構有名だけれど興味のない人にとってはどうだっていいことだ。
でも潜在能力とか潜在意識となれば、今はかなりの人が関心を寄せているのではないかと思う。

わたしはといえば、以前からUFOや超能力、夢のお告げなどなど…不思議な話が大好き!当然、潜在意識なんてものにとっても関心がある。もし人にすごいパワーがあってそれが使えるようになったら魔法みたいに楽しいじゃないの〜。
…と、基本はそういうワクワク感で、そして真面目にいえば人生ってなんだろうと考え始めたときから消えない疑問に答えを求めたいと思って…。
今まで関連の本はいろいろ読んだけど、実際に退行催眠を目の当たりにする機会は生まれて初めてのことだ。
で結果、とても充実した一日だった。デモンストレーションでは実際の退行催眠の様子を目の前で見れたし。(そうそう、わたしはこういう催しの時、出来るだけ最前列に座るようにしている。かぶりつきというのは集中できていいもんです♪)
詳しい感想はまた別の機会に〜。

2005年6月12日(日)

立ったー!ミーハー根性で行った甲斐あり!
まるでぬいぐるみそのもの。超かわいいこのレッサーパンダは広島は安佐動物園のロンロンくんとその仲間たち。
このロンロンくんはTVで一躍有名になった風太くんのおじいさんにあたるそうです。おやつタイムPM2:00を狙ってこのエリアだけ観客が満員。
眠っていたり、動きのない他の動物に比べて、このレッサーパンダはとにかく愛嬌タップリにタッタッタッと走るまわる、木登りすると行動的なので見ていて本当に可愛くて可愛くて…。しっぽのシマシマ具合がうちの坂本さんにそっくりだし、親近感わきまくり(笑)。飼育係りさんの解説によると、レッサーパンダが立つのは普段からよく見られる行動で、この園ではロンロンくんだけが立つそうです。理由は他所の園から来てまだ慣れてないからおやつが欲しくても他の子みたいに飼育係りさんに飛びついておねだり出来ないので、こうやって「ボクにもちょうだい」ってアピールするのだそうです。他の子たちの様子は
ココをクリックしてね。

2005年6月10日(金)

目にも美しいこのデザートは先週末、会社の同僚(新郎)の結婚披露宴に招かれたときのもの。教会での挙式とガーデンパーティというスタイルでとても明るく開放的な雰囲気の中の披露宴でした。
会場からはすぐに庭に出られるようになっていて乾杯やケーキカットも青空の下。
お二人仲良く並んでる姿をみた新婦の妹さんつぶやきがふと聞こえてしまいました。
「あんなに幸せそうな笑顔、初めてみたよ〜」って。
今までもいっぱい幸せな時はあっただろうけど、やっぱりこの日は特別の日!
末永くお幸せにね。

2005年6月6日(月)

先週、同じ部署の派遣社員さんが亡くなった…。
心臓の冠動脈に血栓が出来て急性心不全に陥ったのが原因らしい。通勤途中の道で倒れすぐに病院に運ばれたけれど蘇生されなかった。57歳で血圧も異常に高かったというから危険因子は持っていたのだろうけれど…。
突然の死。死に目に会えなかった家族はそれが最期とはつゆ知らず、どんな言葉を交わしたんだろう。

わたしの母が亡くなってすぐの頃、それまで挨拶程度しか話したことのない義理の叔父が、自分は母親と大ゲンカして「死んでしまえ」と捨てゼリフを吐いて家を飛び出し戻ってみたら母が急死していたんや、と語っていたのを思い出す。本心でないとはいえ、母親にかけた最後の言葉を叔父はどんなにか悔やんだだろう。

わたしも決して親孝行な娘ではなく、自分勝手、好き勝手生きてきたから捨てゼリフこそ吐いてないけど、心残りはまだまだあった。一人暮らしが長くて親に連絡するといえば何か用事があるときくらい。半年以上あくこともままあった。いざとなれば日帰りできる
という距離のせいか、お互い元気なら干渉なし、みたいな空気があった。

そんなわたしが母と最期に交わした会話は、本当に不思議なことに母が急死する数日前のこと…。それまではいつものように何ヶ月もの間、電話すらしていなかった。この最後の電話も母にかけるつもりではなかった。その時わたしはカナダのプリンスエドワード島にいた…。
同性の友人との旅行中で、日本に残してきた夫(前の)に連絡が取れなくて困った挙句、実家の母を経由して無事到着したことを伝えてもらおうと思いついたのだった。

母はわたしがカナダに居ることに驚いていた。旅行のことも話してなかった。
そして夫とうまくいってない事をこの電話で話してしまった。ずいぶん前からわたし達夫婦の不仲を薄々感じてはいただろうけど。わたしの方は旅先の開放感も手伝って普段なら言わないような悩みを打ち明けてしまったけれど、お陰で母とめずらしくゆっくり話せたし、ちょっと元気になった気がして電話を切った。
母が急死したのは日本に戻って3日目のこと。結局、あの電話が最後となった。

今でもあれが偶然だったとは思えない…。
神様が最後に母と話すチャンスをくれたに違いない。あの電話がなかったらと思うだけで恐ろしい…。数ヶ月も音沙汰なしのまま母と別れなければいけないなんて…もっともっと、もっときっと今でも無念さをひきずっていたと思う。

そういうわけで突然の訃報を聞くと、逝く人と残された人…最後に交わした言葉がなんとはなく気になってしまうのだった。

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